ラサ民主蜂起から46年 1959年3月10日を記念する

チベット支援ピースマーチ 【無事終了!】

→参加報告

主催 TSNJ(チベット・サポート・ネットワーク・ジャパン)

 【呼びかけ】
 恒例となった、民主蜂起記念チベット支援ピースマーチが2005年も行われます。
 1959年3月10日、ラサで市民が蜂起したことをきっかけに、ダライラマ14世は亡命を余儀なくされました。現在まで続くチベット問題について訴えるため、またチベットに平和と民主化を求めて、毎年3月10日に全世界でピースマーチが催されています。
 日本では、チベット支援団体が個別に行う小規模なアクションで行われてきましたが、2002年にTSNJ主催としてより広く大きなウェーブを作ろうと、現在の形で始まり、今年は4回目です。200人ほどが集まった年もありましたが、やや減少傾向にあり、昨年は約100人にご参加頂きました。
 遠方の方やお仕事をお持ちの方が参加されることを考え、開催日は本来の10日からずらして12日(土)といたしました。10日に発表されるダライラマ14世の声明文を和訳し、日本語でのアピールを行うためでもあります。
 また、今年はマーチ終了後に交流会を開き、日本で生活するチベット人とチベットに関心を持つ日本人の交流を持ちたいと思っています。チベットに関心を持つ人たちが互いに知り合ったり、次の1歩へのきっかけづくりになれば、と考えます。交流会のみの参加も可能です。
 マーチでチベット支援の意思を表明した後で、楽しいひと時を過ごしましょう。
 ★ルンタ・プロジェクトはTSNJ参加団体のひとつです。

日時

 2005年3月12日(土)
 午後1時半〜

場所

 東京・渋谷 宮下公園
 (JR・地下鉄渋谷駅から5分、山手線沿い新宿寄り東側)

参加費   ―  (☆交流会は実費)
申し込み  不要。当日、天候に合わせた服装でご参加下さい
タイムスケジュール
13:30〜
14:00

宮下公園にてラサ蜂起記念集会
ダライ・ラマ法王が発表した今年のメッセージ読み上げなど

14:10〜
14:50

ピースマーチ
(宮下公園〜代々木方面〜渋谷駅前〜宮下公園)

15:00〜
15:30

TSNJ各グループから、アピール・活動紹介など

 ☆お茶会会場へ移動(会場が分からない人はご一緒に)

16:00〜
17:30

お茶会@「こどもの国」[チベタンと日本人の懇親会]

 ☆この日は18:30から、新宿区の角筈区民ホールでチベット映画「モゥモ・チェンガ」の上映会(自由工房主催、法王事務所後援)もあります。お茶会は、上映会に行かれる方にも差し支えない時間に終了いたします。

 ★昨年の様子がこのあたりにあります。参考にしてください

■参加してきました

 昨年同行した群馬のMASSさんは多忙とのことで、今回は群馬からは1人で参加。MLなどでも反応なく、ルンタからは1人か……と思っていたら、前々日に「ホームページを見ました」というTさんから連絡いただいて、当日、現地で待ち合わせました。
 東京駅の有料トイレで戦闘服チュバに着替え、いざ渋谷へ。公園には既にチベット国旗が掲げられていて、昨年再会したTさんYさんご夫妻、法王オフィスの方々、アムネスティのポカラさん、その他チベット人が談笑していました。Tさんとも無事合流。Tさんにはその後、はるばる遠方からの参加にもかかわらず、声明文コピー配布や荷物番最初から最後までお世話になってしまいました。ありがとうございました!

参加者は……出発前に私が数えた限りでは55人+α、程度でしょうか。前回(去年)よりやや少なめかな、という印象。いわゆる“集会”と考えるととっても少ないけれど、まあこんなものかもしれない。でもチベット人がたくさん来ていて、そこでもあっちでもチベット語が聞こえて、いい雰囲気です。

 TSNJの今年の代表Nさんの開会挨拶の後、またも国会開会中にもかかわらず駆けつけた超党派「チベット問題を考える議員連盟」代表世話人の牧野聖修衆院議員(民主)の挨拶。
 国会会期中とあってテンション高く(?)、チベット問題に対する国会議員のスタンスから年金問題、今年度政府予算案から日中関係の展望に至るまで、けっこう長く話してました。偉いなあ、どんなに忙しくても「自分はこれをやる」と決めたらきっちり足を運んでくるんだな政治家は、と思う一方、これが岡田克也とか菅直人とか小沢一郎だったら誰かテレコ持って一挙手一投足マークしてなきゃいけないんだろうなー、とか思ったり(当日も松江で講演した岡田発言がニュースになってたもんなあ)、しかし岡田クラスになっちゃうと自分でスケジュール決められなくなるのかもしれない、なんても思ったり。川端達夫クラスならどうなんだ、枝野幸男クラスだとどうなんだ……とどうでもいいことをぼーっと考えつつ(失礼しました)。

 その後、法王事務所のルントクさんが、ダライラマ法王の3月10日の声明文を朗読。
 「チベットの独立を求めない『中道政策』を採ることを全面的に約束し、中華人民共和国の一部であり続けることに異存はない」――という声明を複雑な思いで聴きました。1959年のラサ蜂起から46年、異郷で暮らすチベット人の「故郷に帰りたい」という気持ち、「時間はもう残されていない」という思い、それを何よりも分かっているからこその今年の声明で、こう言わざるを得ないんだ、という痛切な感情が伝わってくるように感じました。
 声明文の全文はこちらにあります

 いよいよ4列縦隊になって渋谷の町へ。60人にも満たない小さな集まりだから、雪山獅子旗や横断幕を持っても隊列の長さは20メートルも続かない。交差点の信号待ちの雑踏に紛れたら簡単に埋没してしまう、小さな小さな人の列。なんとなく無力さを感じたり、一方で、なんの得にも利益にもならないことに加わって時間と体を使おうという人がこれだけの数いるんだ、とも思ったりしました。

出発です。 チベタンがたくさんいます
サッカーのチベットチームのレプリカユニホームです! 渋谷のビル風に翻るチベット国旗
FREE TIBET!! TIBET for Tibetan's !!
渋谷駅前。注目度高かった? プェバ2人とニホンパ2人

※顔が写っているものは一律的に加工させていただいております

 それから、ハンドマイクでのアピール開始。
 チベットピースマーチのアピール、いわゆるシュプレヒコールにはこれまでも紆余曲折があったらしく。2002年にTSNJ主催で初めてマーチを開催する時、「××ハンターイ」「××フンサーイ」みたいなのは古いしかっこわるいしイメージ悪いからやめよう、という話が出たらしい(当時私は関西にいてノータッチだったので実際のところは知りません)。それで最初は「サイレントマーチ」として、黙って静かにチベットをアピールする、ということになった。モノを言う権利を奪われているチベット人の姿を象徴させようと、大きくバッテンをつけたマスクをいたくさん準備して、皆で「口を塞がれたチベット人」として街を歩いた、らしい。
 でも、どうも「マスク姿も格好悪い」「音がないと一体感がない」などと評判悪かったようで、2年目の2003年は、アピールしたい人は叫ぼう、サイレントで歩きたい人はサイレントで、ということになり、ハンドマイクなしで「アピールしたい人は叫ぶ」という形をとったらしいです。これもまた「一体感がない」「声を上げるのか上げないのか統一した方がいい」という感想があったそうで、3年目の2004年(昨年)、初めてハンドマイクを使って掛け声をかけてみた――という経緯があるようなのでした。
 私なんかは、音楽を流して歌を歌うとか踊りを踊るとか、ネチュンみたいな人を先頭に立てて(おい)派手にいったらいいのにー、くらいの気持ちもあったりするんですが、「人権確立を訴え問題の平和的解決を求める」という意義からすると、あんまりお祭り騒ぎみたくなっちゃうと、てめーらチベット侵攻を楽しんでるのかよ、ということになってそれも宜しくない……という意見が(一理あります)。

 そんなこんながあって今年。
 Nさんがハンドマイクで「えーと、アピール始めたいと思います」。
 来た――!
 これは私がNさんに、無責任にも「日本語だけじゃチベットっぽくないしチベット語混ぜたらどうですか? 12月の人権パレードのビルマの人たちのアピール良かったですよね」と思いつきで言ったことから始まった話。しかしそんなこと言い出す私もNさんもチベット語ができないんだから始末が悪い。辞書を引きながら私が考えた「チベットに自由を」は、「プェイー・ナンラ・ランゼン・ヨー・アレ」(←後にそんな風には言わない、とチベット人から指摘されためちゃめちゃなチベット語)。
 チベット人やチベット語ができる人に電話を掛けて「チベット語のシュプレヒコール教えて」と頼み込み、本土系の人からは「あの、私はデモなんて知らないし参加したことないけど……(困惑)」と警戒されたり(←当然です! 尋ねた私が悪いんです! ごめんなさい!!!)、亡命政府系の人からは「それは決まってます。『プゥェー・ランゼン!(チベットは独立国家である!)』ですね」と言われ「いや、あの、今回は法王も『中道路線』を強調するコメントを出していることでもあるし、あくまでも人権と平和を訴える内容で……」と食い下がってみたり、いや〜冷や汗モノ。
 なのに皆さん怒ったりせず、日本語に合うチベット語をいろいろ考えて下さって、夜遅くにメールでアイデアいただいたりして感涙(滂沱)。ちなみに「人権」はチベット語で「ドワミートプタン」というそうです。む、難しい発音だ。
 「プー・ラワン・ゴー」
 「……」
 「これはチベットに自由を、という意味です。プー・ラワン・ゴー」
 「プー……」
 ダメだよ盛り下がっちゃったよ!?
 「あの、チベット語間違ってますか?」と近くにいた家族連れのチベット人男性(面識なし)に声を掛けると、「何て言ってるの? 難しい日本語よく分からなくて」。うわーん。「あの、一応、チベット語のつもりで…(汗)、Phoo Rangwang Go! と」「あ、Phooって言ってるの! うん、Phoo Rangwang go! ね」。おっ、ノってくれた!
 すると横からチベット人女性が「ラワンじゃなくてRangzen(ランゼン)でしょ?」
 「いやあの、Rangzenはファイティングするみたいなので…それでPhoo Gyel Looo!(プゥー・ギャ・ロー!) ……と」
 「ああ、Phoo Gyel Loooo!! 」
失笑をかってるのか喜んでもらってるのか分からないけど、とにかくチベット人に「日本人ががんばってチベット語に挑戦してるらしい!」とは伝わった! と喜んだその時! ハンドマイクのない後ろのほうから
 「Free Tibet!!」
 「Free Tibet!!」
 「We Want Justice!!」
 「Free Tibet!!」

 びっくりした。
 なんというか、その、Nさんの木訥としたアピールが4分の4拍子(ズン・チャ・チャ・チャ)だったのが、列の後方から沸き上がったリズムは2分の2拍子(ズン・チャ! ズン・チャ!)ですよ。ロックですよ
 するとたちまちチベット人たちがそのアピールの波に乗って、今度は置いて行かれてるのは日本人のほうで。チベット人たち自身の大合唱が沸き起こったのでした。
 「Tibet For!!」(チベットは!)
 「Tibetan's!!」(チベット人のものだ!)
 「プェギ・ダクポ!」(チベットは!)
 「プェバ・イン!」(チベット人のものだ!)
 「Dhalai Lama!」(ダライラマ法王に!)
 「Long Lives!!」(ご長寿を!)
 「プェ・ランゼン!!」(チベット独立!)
 「ツァンマ・イン!!」(その通り!)
アピールはすべて掛け合いで、1人が叫ぶと、それに呼応する言葉が周囲から沸き起こるというもの。格好いいです。インドや海外で行うチベット人たちのアクティビティの時にはこんな風に叫んでいるとのことでした。
 「Chinese!!」
 「Quit TIBET!!」
 「Chinese!!」
 「Booooo! Shit!!!」
に至っては、あちゃちゃマズイかも、と一瞬慌てたりもしましたが……思い返せば声を発しているのはチベット人自身。法王がなんと言おうと、亡命チベタンたちの本音はそうなんだろうな、と感じた出来事でもありました。それに、日本人が日本人の頭で考えていただけでは、ダライラマ法王の長寿を祈る、というフレーズは出てこない。ああ、このへんの発想や価値観がチベットなのかぁ、と感じたり。
 Nさんも「チベット人自身のパワーを日本で初めて見た」と言ってました。予定外のことではあったし、私ら日本人のチベット語があまりにもヒド過ぎた(!?)のが直接の原因だったのかも知れないんですが、思いがけずチベット人自身の言葉でアピールしてもらえて、本当にいいマーチになった、一緒に歩くことができて良かったな、と思いました。

トップページへ戻る イベント報告へ