変貌する故郷
――宇都宮はいつから餃子の街になったのか
(苦笑)

注:記述内容は2000年8月現在のものです

 考えてもみてください。
 自分が生まれ育ちなじんだと思っていた町で、ある日突然、知らないものが「町の名物」になっていたら――?

 ……とカッコつけて書き出してみましたが、そんなたいした話じゃありません。
 「おらがマチの名物」の話です。
 ふつう、「この町は○○で有名です」というときって、「文豪○○○の出身地」とか「江戸時代から続く○○○の産地」とかって話になるよねー? 

 「灘の酒」とか「宮沢賢二の出身地・岩手」とか。まぁ後からとってつけたような「鬼太郎に逢えるまち」鳥取県境港市(水木しげるの出身地だそうだ)とか「(少年探偵)コナンのまち」鳥取県大栄町(マンガ家・青山剛昌氏の出身地だそうだ、しかし鳥取県ばかりだな)、「メルヘン建築の町」富山県小矢部市なーんてのもあるけど、そーゆうなりふり構わないまちおこしは、過疎のイナカまちがやるもんだと思ってたよ……。

「ここが有名なのよ」と、最初に母親が私を連れて行った店「来らっせ」(お盆休みのため中には入らず)。繁華街の真ん中、二荒山神社の参道の階段下にあった。ここは以前、レコード店か老舗の喫茶店か何かだったような……。しかしこの人通りの少なさ! 参道向かいの老舗百貨店“上野さん”(地元ではこのデパートの包装紙が一番価値のある時代もあったのだ)が閉店セールを行っており、しかもそのセールさえ人気がほとんどなくてガラガラ、というわびしい状況でした。

 で、私の場合。
 「出身は宇都宮です」というと、最近めっきり「あ、餃子で有名なところでしょ?」「ああ、あの『餃子の街』ですか」と言われることが増えました。(居住圏の関西では「えーと、群馬県ですか?」程度の反応しか返って来ないのでけっこうどうでもいいんですがね。)

 子どもの頃から「宇都宮の名産はかんぴょう」「宇都宮の名物は大谷石(おおやいし)」「宇都宮の名物はカミナリ(これはの立松和平の小説に依存してかな? 私が高校生の頃から“雷都”とか呼称しだしてチョイきしょい)」「栃木の名産はイチゴ」と教えられてきたのに、……ねぇ、どうしてギョウザなの!?
 しかも「ああ、あの『餃子の街』ですか」という反応をする人の場合、えてして片方の唇をちょっと曲げ、含みのある笑顔を見せて「餃子でしょ(知ってますよ)」というサインを送ってくるのだ(>自意識過剰です)。そうなると、私もちょっとうつむいてえへへへ、と笑い、「そうなんですよ(やっぱり知ってます?)」と恥ずかしがってみせなくてはいけないような気になるのである。
 ねえ! ちょっと宇都宮48万市民に聞きたいぜ! これって私だけ?(私だけかも知れんが……

 とにかく、高校卒業と同時に実家を出て13年。いつのまにか知らないものが勝手に名物になっていたのである。
 いや、餃子をまったく知らん、とはいいませんぜ。
 ――餃子専門店というのは別に珍しい存在じゃなくて、買い物帰りに(たこ焼きみたいに)ちょっと寄って食べたりテイクアウトしたりするものだった。精肉店でも自家製餃子を売っていた。ウチは餃子をゆでて食べる家庭だったから、「ここの餃子は皮がしっかりしてて煮ても崩れないから」というので「黒田肉屋」の生餃子をよく買いに行った記憶がある。餃子「みんみん」(当時はユニオン通りにあった)は「50人前食べたら無料」というキャンペーンをやっていて、あの頃、TV番組の「大食い競争特集」によく出ていた気がする。女子高では、「『正嗣』の野菜ギョーザは肉をぜんぜん使ってないから柔らかくてヘルシーだ」というので正嗣の餃子がほほえましい流行を見せ、女子高生たちが下校途中に自転車を連ね、マックやケンタではなく、「正嗣」で野菜餃子を食べるのが流行ったりした。

 でも、それはあくまでも日常の点描であって、「宇都宮の名物は餃子」というのとはニュアンスが全然違い、流行に乗せられたり、ありがたがったりして食うものなんかじゃなかったのだった。


 さて。
 2年ぶりに帰省した娘を繁華街(いやぁ7〜8年ぶりにオリオン通り歩いたよー)に連れ出したMy母が発した言葉は、「久しぶりだし、なんか名物らしいし、餃子でも食べて行く?」でした。
 ああもう、宇都宮人がえてしてそうゆう人のいい態度だから餃子がのさばるんだよー。

 でもまあ、「宇都宮の人間が知らない宇都宮名物」つーのもどんなもんかなぁと思うところはあったので、とりあえず餃子を食べてみることに決め、My母の推薦(?)「来らっせ」が休業していたので県庁前付近をふらふらと歩いていたら、「宇都宮名物 ギョーザ」と看板の出た、「いかにも」なこぎれいな店があったので入ってみましたー。

↑餃子入り味噌汁。向こう側はMy母(イナカでは地位も面子もあるヒトなので匿名・匿顔)。「雷都水餃子」は「ピリ辛みそ味ちゃんこ鍋・具は餃子と少々の野菜のみ」、というお味でした。

 食事メニューは3種類の水餃子(というよりスープ餃子)と2種類のおにぎり。もともとは造り味噌屋(いまも1階は蔵出しの味噌を売っている)で、後述のコピー「東京1週間」によると「味噌入り餃子を考案してヒット」。夕方5時閉店の店で、平日はランチを主に営業しているらしい。
 入り口は「餃子おかき」「味噌入りハンドクリーム」「味噌キャラメル」などトホホなオミヤゲ品が並び、壁には「東京1週間」宇都宮餃子特集号の、自店が紹介されたページのカラーコピー(ラミネート加工済)。こういうのを恥ずかしいと思わないセンスが既にイナカなんだよなあ。

 で、確かに味噌屋らしく、出てきたのは餃子入りみそしるでした。わはははは!
 My母が頼んだ「青源水餃子」は酢としょうが入りのちょっと酸っぱいミソスープ、私が注文した「雷都水餃子」はラー油と刻み唐辛子入りのピリ辛みそしる。どちらも400円。
 いや、これはこれでおいしかったよ。今度、自炊する時に、味噌汁に冷凍の餃子入れてみようかなと思ったもん。餃子ってちゃんこ鍋の具にしたりするしね。

 たぶんコレ、この店を開いた人の家庭ではきっと、こういう食べ方をしてたんだよ(勝手な推測)。
 「宇都宮オリジナル味噌入り餃子」とか言ってるけど、餃子のあんに味噌ってのはそんなに珍しいことじゃない(と思う)。実家で作る時も入れてたし。だから、3月のチベット料理講座でのモモづくりで、イシさんオリジナルレシピに味噌がリストアップされていても、私は全然驚かなかったのだった。

 それどころか、ウチではゆでうどんを味噌汁につけて食べていたのだ。小さい頃からの定番メニューだったから、長じて「ウチ以外ではうどんは味噌汁につけて食べてはいないようだ」と知ったときはショックだったもん(笑)。
 「うちの父親がなにかのはずみでうどん屋を開店したら、絶対にメニューに入れるよねー、『味噌汁うどん』。これも、元はきっとそのたぐいの独自の家庭料理なんだよ」
という確信を抱いて店を出たのでした。


 ところで、私は餃子好きを自認しております。
 でも、それは旧満州で生活した祖母の作る味と、旅行中の中国で覚えた味。断じて、ラーメン屋でラーメンとチャーハンのついでに頼むモノじゃなく、主食としての水餃(シュェィジャオ)!

 「半斤(バンジン=1斤は500g)水餃!」と注文すると、ゆであがった餃子で山盛りになった皿がどっかりと置かれ、香菜(シャンツァイ)の匂いがぷーん。皮は厚くぽてっとしてかみごたえがあり、口の中で肉汁と皮がしっかりと溶け合って「うーん食いごたえがある」としみじみするようなやつが好きなのです。
 ああ、もちろん、広東以南の、飲茶の点心の蒸し餃子も好きっす。米粉で作った半透明の皮がぷりぷりして、口に入れるとエビの甘さがじゅわっと広がるタイプですな。

 ――そーゆうちゃんとしたやつを食べさせてくれるなら、「宇都宮は餃子の街」って名乗っても個人的には許す(>私の許可などいらんだろうけど)。あいにく、宇都宮の餃子はどれもこれもラーメンの添え物的なタイプで、他のヒトの話を総合すると、中身の種類の多さを誇る「変わり餃子」で勝負しているらしい。それって、大阪の新興お好み焼き屋が「チーズ入り」「キムチ入り」「カレー入り」などと、変わった方向に突っ走るようなもんじゃないか? 違うぞ、なにかが違う。

 さらに恥ずかしいことには、宇都宮市の公式サイトにも、以下のように書かれているのでした。

ぎょうざ大好き 〜餃子消費量日本一〜

・日本で一番餃子にお金をかけている都市はどこかご存じでしょうか。総務庁が毎年出している家計調査年報の中に,昭和62年から餃子という項目が加わりました。以来,一世帯当たりの年間餃子購入額は,平成7年の第2位を除き,宇都宮が全国第1位となっています。餃子購入額には,餃子店などでの外食分は含まれていませんので,餃子専門店の多い宇都宮では,市民が餃子に払うお金はもっともっと多いと思われます。
・宇都宮市民に対して行ったアンケートの中で,「餃子は好き?」の問いに,「大好き」が38%,「好き」が55%,合わせて93%の人々が好きと答えています。宇都宮では餃子の人気がこのように高いのです。なぜ好きなのか? それは,宇都宮の餃子がおいしいからです。また,宇都宮の気候は,内陸性で寒暖の差が激しいため,冬は体が温まり,夏はスタミナ源になる餃子を好んで食べるのだともいわれています。
・もう一つは,戦時中,宇都宮には陸軍「第14師団」が駐屯していました。この師団が中国東北部に進駐した際に覚えた餃子の味を,復員後,宇都宮で広めたのがきっかけになったという説もあります。

(※2004年2月追記; 公式ホームページは改訂されたらしく、↑はデッドリンクになっています。探してみたのですが餃子について言及した部分がみつからず、リンクの張り替えは行っていません。)

 わたしさぁ、「餃子消費量日本一」って聞いたときから、「なんの調査で、どれを数えたわけ?」と、ずっと疑問に思っていたのよねえ。ラーメン屋や中華料理店における餃子の売り上げなのか、スーパーへの餃子の卸売り量なのか。
 だって、本当に餃子が好きなら、小麦粉をこねて丸めてのばして(皮は買ってきてもいいけど)、新鮮なひき肉と白菜のみじん切りを和えて包んで、自分チのレシピで餃子を作るじゃんねぇ?
 そういう場合、「小麦粉の売り上げ」「ひき肉の売り上げ」なんて、餃子目的には特化できないんだから、ホントに消費されている餃子の量の統計を取るなんてほとんど不可能に近いんじゃない?

 ただ、今回分かった。総務庁の家計調査に基づいてるわけね。
 あのね、それはね、餃子消費量日本一などではなく、「出来合いの餃子購入額日本一」、すなわち餃子づくりを手抜きして食べる量が日本一、としか言えないのじゃないっすかー? 
 さらに、宇都宮市の公式サイトによると、その購入額って1世帯あたり年間4176円(1998年調査)らしい。1パック280円の冷凍ギョーザを1年間に15パック買う計算。1カ月に1パックとすこし。うーん、それって全然たいした量じゃないんじゃない?

 「市民アンケートで『餃子が好き?』との問いに93%が『好き』と回答」って、それ、大津市民に聞いても札幌市民に聞いても那覇市民に聞いても同じような調査結果が出るのではないでしょうか? そんなあいまいな質問、「エビフライは好きですか」「カレーライスは好きですか」って質問と、質的に大差ないのでは。
 「宇都宮市民は餃子好き」と言いたいんだったら、全国47都道府県に同じ質問をしたうえで「好き」のパーセンテージが最も高かった、とかでないと説得力がありません。どうせなら、「1日に何回くらい餃子を食べますか?」とか、「夕食に(1)お寿司(2)餃子(3)ステーキのうちからどれを選びますか」くらい聞いてくれなきゃあ!!


さて、宇都宮市公式サイトが故意に黙殺している、ある恥ずかしいアイテムが宇都宮にはあります。
 市役所が面と向かって「恥ずかしい」と言えないなら私が大声で言いましょう。

 あれは恥ずかしいです。
全国から笑われてもしかたないと思います。

 その名も「餃子の像」
 人通りの少ない、JR宇都宮駅の“裏口”にあたる(駅東在住の方すいません)東口に、その恥ずかしい像は立っています。
 宇都宮を訪れるほとんどの人は駅西に向かって行くはずなので、通行人の目にも触れなければ待ち合わせの目印にも使えない、何を訴えたいんだかわからないこの像は、文字通りの裏モノ(裏口にあるモノ)といえましょう(笑)。
 隣に立っている金属板には、

 この像は「ギョーザの街・宇都宮」のシンボルとして、ギョーザの皮に包まれたビーナスをモチーフに、地元の大谷石を使い製作したものです

宇都宮市観光協会

 などともっともらしいことが書かれているが、そんなごたくにだまされていはいけません! なーにが餃子の皮に包まれたビーナスなんだか……。

←ストロボなしで撮影。

この暗さで午後8時です。人の気配もほとんどありません。JR宇都宮駅東口がどんだけうらさびれた状態かわかろうってもんです。
 餃子に手足が生えてます。ビーナスだとか何とか苦し紛れを言うより、「ギョーザ星人です」とかいったほうがソレっぽいと思います。

ストロボ撮影だとこんなカンジ。→

 台座の3方は、きっちりとプランターの花々に囲まれています。私しゃある種、確信をもって言いますが、台座の回りのプランターは、なにか見られては困るものを隠しているように思えてなりません。
 覗きこんでもわかりませんでしたが、この花壇をどけたらいったい何が出てくるんでしょうか?

←はい、これは台座の裏側。
 つまりこの像、テレビ番組の企画で建てられたものということです。しかも(「風雲たけし城」ならまだしも)その2番煎じの山田邦子番組。うお〜、恥ずかしいぞ!
 だっさいデザインも、この場合、賭けてもいいです、絶対にワザとヘタレを狙ったものでしょう、この場合。


 1994年といえばバブル崩壊直後の、転げ落ちる坂道の最初の下り始め。まだけったいなものに宣伝費を使えるぎりぎりの時期で、「売れるもの」を探して、餃子店や商店街がやっきになっていたということなのでしょう。「協力」とあるのは、たぶんお金(制作費)が大谷石材組合などから出てるんでしょうね。



 以上、
 ――故郷・宇都宮はいつのまにか裏モノ都市になってしまっていたのだ、というお話でございました。




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2000.08.14に記述したものです。現在の状況と異なる部分があることをご了承ください。