うらるんた製作日記2003年7月


2003.07.18 近況報告

 タイミングが合わずWeb更新が滞っております。すいません。ルンタ事務も軒並み遅れております。すいません。
 仕事のヤマは過ぎたのですが、気力が復活してませんでした。メールいただいた方にもご無礼してしまいました。申し訳ありません。

 引っ越して2カ月半、車をぶつけられ修理に出した(怒)▽オモテの職場の同僚が辞めて欠員1になった(忙)▽「ヒ○碁」突然終了で週1の楽しみが減った(悲)▽スポーツクラブに入会しようと仕事抜け出して施設見学にいったら上司が自転車こいでいて慌てて逃げ帰った(慌)▽温泉めぐりにはまだ行けないけど市内の銭湯に通ってる(楽)▽相変わらず部屋は段ボール山積で残ってて玄関出るまでがジャンボ迷路状態(笑)――という感じで、あいも変わらずなんだかなな生活を続けております。
 まだ残念ながらチベ好きとの新たな邂逅はありません。で、「日記」というにはあまりにも時間が空いてしまったので、少し、「群馬とチベット」の話を覚え書き風に書きだしてみようかと思ってます。

2003.07.― 「群馬とチベット」その1「群馬のチベット」

 さて、遡ること4カ月前、「前橋に転勤」と聞いて、まず最初にやってみたことがありました。いやまあ、新しい土地に行く時にはみんなやってみるもんだと思うんですが、ええ。
 ――「群馬 チベット」
と検索ワードに入れて、google してみたのですな。
 ……ううむ。
 結果は、「群馬チベットといわれ、あたかも蔑まれているような上野村(*1)……」とか「群馬のことを日本のチベットという人がいて……」という記述が引っかかってくるのみというお寒い状況でした。なんだそりゃ~(つーかチベットに失礼)。

 その検索結果を見たときは、「ああ、私は今度こそチベット不毛の地に行くのね」という感慨に襲われ(「チベット不毛の地」とは何か、とかは問い詰めないで^^;)、寂しさを募らせたものでした。(ちなみに、うらるんた的に長野は「チベット色の濃い土地」です。風土がチベット的〔笑〕。栃木も「チベット濃いめの地」だとなんとなく思ってます。埼玉は間違いなく「チベット人がたくさん暮らす土地」。なんか群馬は空白だったんだよね)

 しか~し。具体的な話は後にしますが、群馬とチベットは決して何の縁もない土地ではありませんでした。(記録上)チベットと日本の国際結婚第1号で、日本へ初めて嫁いだチベット女性は前橋に暮らしたのです。
 そもそも、「ルンタ(風の馬)」で「群馬」で、なんか韻を踏んでるし(踏んでない?)、そうだなんかもっとチベットっぽくてもいいはずだ! と思ったりしてね。(……関係ないけど群馬県のマスコットはウマ。「ゆうまちゃん」というらしい。見たい人はこのへん。「ルンタ」のほうがずっとカッコイイと思うけど〔^^〕。群「馬」だからウマらしい。なんて安直なんだ…)

 というわけで、晴れて群馬に引っ越した暁には、せいぜいWeb上に「群馬」と「チベット」という言葉をふんだんにちりばめ、いま「群馬&チベット」で出てくるワケわからんサイトよりも早い順番で出てくるようにならねば、そして「群馬のチベット? ルンタの事務局のこと?」と言われるようになるのだ! ……と鼻息も荒く決意を固めていたのでありました(って、こんだけ更新滞らせた挙句に書く話じゃありませんが……すいません)。

 さて、そして引っ越し後2カ月。
 現在、「群馬 チベット」でぐぐると、「群馬のチベット……」以外にも、いくつかのサイトが引っかかるようになってます。ひとつは、トップページに「群馬県前橋市に引っ越し……」と載せた「裏ルンタのページ」。更新せずにほったらかしたら検索順は後ろのほうに消えていってしまいましたが……。それからもうひとつは、群馬県の公式サイト内のコンテンツだったり(怪し~ ^^)。

(*1)日航機墜落事故の御巣高山があるところ。確かに、携帯の電波も届かない山奥ではあるけど、この比喩(「群馬のチベット」)、元のセリフは上野村長のあいさつみたい。何を思ってしゃべってんだか(^^;

2003.07.― 「群馬とチベット」その2群馬のラサ

 前橋には「ラサ前橋」というホールがあります。ほんとです。斎場です。前橋にだけじゃなくて県内あちこちにあります。
 群馬県の新聞各紙は遺族の希望を受けて葬儀の告知をしているので、毎日毎日、どの新聞を開いても、「ラサ高崎」「ラサ中山」「ラサ太田」……という単語が踊りまくってます。つい目がとまっちゃって気になります。車で走ってても大きな看板が目に付きます。いや~気になって気になって。気になりますよねえ。

 ……そんな話を知人にしたところ、「あれ、ホントにチベットのラサからつけた名前らしいよ」。
 えええええ!

 そのとおりでした(←「日典ラサ」のホームページへ飛びます)。チベットの都って書いてあって、ちゃんと『ラサ』の語源まで紹介してます(ヤギの運んだ土が、とか、「はるかなる聖地」がどうして「小川のせせらぎや小鳥のさえずりなど美しい自然に恵まれたやすらぎ」に結びつくのかとか、そういう細かいトコはいいですもう)。

 残る疑問は、「なぜLhasaなのか」ということに尽きるなあ。果たして、矢島保治郎と関係はあるのかないのか(ないような気もするけど)。
 (……単に「(仏教の栄えた)はるかなる聖地」でいいんだったら、『アンコールワット前橋』でも『バラナシ太田』でも『ルアンプラバーン高崎』でも、なんでもよかったという気がするのよ。『ボロブドゥール中山』とか『サールナート伊勢崎』とか。その中でなぜチベットを選んだんだろうかってとこが気になる~) #あれ、アンコールワットってヒンドゥー遺跡だったっけ?

2003.07.― 「群馬とチベット」その3群馬のパルコル

 先日、電話帳をめくっていたら「バルコル」という単語が。
 ↓
電話帳 いやぁもう。博物館かどこかの電話番号を探そうとして、適当にあたりをつけて電話帳を開いたら、偶然目にとびこんできてしまったわけですが。
 日常生活の中で「うっ」と一瞬目が止まることってよくありますよね。ホームセンターをうろついて「インドア」コーナーの看板にぎくっとして「インド?」と思うとか、「カウチベッド」って書いてあるのに「チベット?」と驚くとか。そういう時はたいてい、「よく似てる言葉を見間違えた」とか「ちょっと語感の似た単語から連想」してたりするんですけど……確かにバルコル。見間違いではありません。もしかして、なにか群馬弁の同音異義語でもあるんでしょうか……なんて思ってみたり。

 そして、こーゆー時インターネットは便利です。検索したらありました、「アジア雑貨 バルコル」(http://www.ktv.ne.jp/~barkhor/)。なんとなんと、そのものズバリの「バルコル」です。すごいぞ群馬。あるじゃんチベット。電話帳ぱらぱらで偶然見つけちゃう自分もすごいぞと自画自賛してもよろしいでしょうか?
 惜しむらくは、立地が桐生で、ちと前橋からは遠いってことでしょうか(車で1時間ちょっとかかる)。でも、そのうち必ず行ってみます。店内はコルラできるんでしょーか(^^)。

2003.07.― 「群馬とチベット」その4放浪者・矢島保治郎

 そのうち書き足しますすいません~

2003.07.21 「ポケット大作戦!」
ポケットのいっぱいついた自作の衣装で講師をこなす新田さん(中央奥)
参加者
取材受けまくる新田さん(NHKがカメラ2台クルー2組で来ていた。すげー)

 関西の「旅行人」関係者で染織作家の新田恭子さんが講師を務めるイベントを訪ねて、高崎の県立近代美術館(http://www.mmag.gsn.ed.jp/)へ。
 たしか00年2月、伊丹で浜井幸子さんの講演会があった時にお会いしたきり。その後も京都での個展など、お知らせをいただいてたけど足を運べずじまいでした。名刺1枚の記憶しかなくて、突然押しかけても「あなた誰?」状態かもな、それほど親しくないのに迷惑かもな、しかしはるばる群馬まで来てはるってのにご挨拶しないのも何かなぁ、忙しそうだったらそのまま帰ればいいし……などとあれこれ思い惑いながらイベントに押しかけ。
 名乗ったところ、「あ、うらるんたさん」と言われてホッとしました。その場の美術館職員さんに「『旅行人』の知人なんですよー」と紹介されたので、「びび美術館にもそれで通じるのー!?」と一瞬焦りましたが(^^;)。(>ちょうどイベント告知が載った「旅行人」を見せて説明していたんだそうで)

 イベントは、参加者が持ち寄った古着のポケットや袖をどんどんつなげて、巨大なひとつの服にしてしまおう! というもの。イメージとしてはドラえもんの四次元ポケットみたいに、ポケットの中から別の服が始まり、ズボンのすそから別のシャツにつながり……ということみたい。アジアの香りがするものではありませんでしたが、普段接しない世界なので見ていて楽しかったです。
 パーツを作っているうちは何がなんだかわからず、全部つながって「あっ」と驚く……という展開は理想なんだけど、参加者(特に子どもたち)がイメージをうまく共有できないようで、機械的に袖と袖を縫いつないでしまい、「これじゃ着られなくなるからここはちょっと外そうね」と、縫った部分をほどかれ、なぜ自分のやったことがダメなのか理解できず、機嫌を損ねてブンむくれてしまった子どもがちょっと気の毒でした。一緒にいた親がちゃんと説明を理解してないのが一番悪いんだけど、こういうイベントに参加する人って、「なにかやらせてくれそう」と思って受け身で来るわけで、自分のアート心を発揮しようと思って来るわけじゃないからなあ。
 それにしても、手を動かしてる時の子どもの集中力ってすごい。それだけに、後半は疲れたり飽きたりしている子どもも多く、うーんやっぱり2時間くらいが限界なんだな、と妙なところで感心したりも。完成作品は美術館のロビーに夏休みじゅう展示されるそうです。自分たちで作ったものがどーんと美術館にぶらさがってたら子どもも嬉しいだろうな。

 夕方からは懸案の「バルコル」へ行ってみるつもりだったんですが、新田さんイベントが急遽仕事も兼ねることになってしまったので時間切れ。またの機会に。
 それにしても群馬の国道は、「自動車王国」(運転免許の保有率が全国一らしい)らしく、2車線がデフォルト状態でところどころ3車線にもなってて、流れ優先なのはいいんだけど、1車線がかなり狭くて「無理やり拡幅してんじゃねーか」と思うくらい。トラックがキワキワをすり抜けていくので怖いし、お年寄りがふらふら運転してるとはみ出てきて怖いし、右折レーンに入ろうと思っても車線が多くて変更が間に合わなかったり(笑)。片道20キロ程度の距離なのに激しく疲労困憊。慣れれば平気になるのかなあ。



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