うらるんた製作日記2002年10月

2002.10.15 プロジェクトX「運命のゴビ砂漠」
 夕方から例の帰国のニュースにへばりついていて、そのままつい「プロジェクトX」(NHK)を見てしまった。
 1980年代、退官した元大学教授がひとりきりではじめた砂漠緑化プロジェクトが、何人もの人生を変え、中国の乾いた大地に緑をよみがえらせた――という話。
 そこに出てくるのは「黄砂と戦う日本人」「海外貢献する献身的な日本人」、あるいは「バブルに疲れた企業戦士の自分探し」だったり「窓際の会社員の再挑戦」だったり。タイトルどおり、ゴビ砂漠の過酷な環境と「戦って」木を植え、下枝を落とし、数万本の木を1本ずつチェックし、バケツリレーで水を運び、森を育てた日本人の“自然との闘い”が感動的に描かれておりました。
 しかし、見ている私のほうは「何で?」「だから?」「どうして?」と、どんどん消化不良に。
 ――なんだったんだ、あれ?

 文革の後遺症も色濃く、外国人が自由に行動できなかった時代に、どうやってプロジェクトをOKさせたんだろう? ゴビ灘のどこまで行ってるんだろう? 300万本の苗木のお金はどこから出ているんだろう?
 私が抱いたそんな興味は、疑問のままとり残されて終わり。
 そもそも、場所がどこなのかはっきりしない(させてない)。ちらっと地図が映ったけど、あれを見る限り、内モンゴル自治区のフフホトからちょい、とか、下手したら河北省かも。「人跡未踏の大砂漠に挑む日本人」って印象つけてロマンをあおるなよ。大都市郊外の砂漠化を防ぐプロジェクトです、ってちゃんと言えばいいのに。
 一番ムカついたのが、現地の人たちがほとんど登場しないこと。たまに言及したかと思えば「せっかく植林したポプラを放牧の羊に食べさせてしまう」とか(緑化のなんたるかを知らない無知蒙昧な輩、と暗に言っている)。まぁ、お約束。
 「○○は考えた。中国の人たちにも参加してもらわなければ。」――なんてナレーションが始まるから、ふんふんそれでどうすんの、と思ってみていると、「賃金を支払って現地住民を雇用し、植林に加わらせることにした」んだってさ。も〜がっくり。さらに、金だけが目的の中国人は適当に木を植えるので日本人リーダーとの関係が険悪になったけれど、一緒に酒を飲んで相互理解を深めた(……笑うトコロかと思ったよ。そんなとこまで「日本風」を持ち込まなくても)というオチまで。とほほ。そんで最後に現地の人がコメント。「おかげで砂漠が畑になりました、感謝の言葉も尽きません」だってさ。……はぁ。
 まあ確かに、あくまでも日本人礼賛がコンセプトの番組だから、そういうもんなんでしょうけど。

 『月の砂漠』のイメージの、細かいさらさらした砂が広がるある種ロマンチックな風景が映っていたけど(実際に活動してるのはそういうところなんだろうけど)、現実の「ゴビ」は、ほとんどが「ゴビ灘(タン)」と呼ばれる岩砂漠で、ところどころに潅木も茂れば地下水もあり、少ない降雨と乾燥に適応した動物たちが住む場所のはず。人口密度も希少で、広大な土地の貴重な緑を使い尽くさないように移動しながら暮らす人たちが住んでいる、そういう場所だと思っているんですけどね。
 それをいわゆる『大躍進』時代に、大規模な入植だの、人民公社化して無理やり耕すだの、後先考えず伐採するだのしたために、それまでの自然のバランスが崩れてどっと砂漠化が進んだのであって、中国人たちが彼ら自身の身を振り返って、開発政策そのものから考え直さなきゃならない問題なわけでしょう。そして日本人側だって、他人様の土地に入っていって何かしたいってんなら、なぜこの行為が必要か(このケースなら植林ね)を理解してくれる現地のリーダーを育て、現地の応援とバックアップを得て、日本からの資金が途絶えても森林の管理を担ってもらえるよう道を切りひらかなければ意味がないわけで。(まあ、たとえば「戦争補償を政府の代わりにやってんです」とかまで言うんだったら止めないけどさ)

 やってるほうは気持ちいいだろう、とは思うよ。最初に思いついて、思いついただけでなく実行に移し、数千人の人たちを巻き込んだ老教授の執念は確かにすごい。でもさ。
 自然の脅威に素手で立ち向かうちっぽけな人間。100万本を植えたところに襲い来る大洪水。過酷な自然の前での無力感、かつそこから立ち上がる人間たち。力を合わせればやってできないことはない、いつかこの砂漠を豊かな森にしてみせる、………(BGM、「地上の星」)。
 「こせこせした日本の社会を離れ、砂漠の上で満点の星空を見上げると、自分の悩みなんてちっぽけなものだと思えて生きる勇気がわいてくるんです」(大意)。
 はぁ、そうですか。そりゃそうなんでしょうけど、そのゴビ灘に生まれて生きて死んでいく暮らしがあるのだ、とは思わないのかな。現実にここに暮らしている人がいるのに、それを無視して、砂漠だ自然だ闘いだと言っているようで、どうにも気になって仕方ありませんでした。

 うまくまとまらないけど、とにかく気持ちが消化不良で、どこかで吐き出さないと我慢できなかった、ということで、スミマセン。なんだろうなあ。そこにいる人たちの存在が無視されてるように感じたのが納得いかなかったのかなあ、私。

2002.10.17 一念発起 
 久留米のNさんより、画像の入ったCD-Rが。
 大口の古着の寄付をしたいという相談を受けて、Webでの宣伝を引き受けたのに、ほとんど何もしていなかったのでした。すみませんすぐやります、というわけで、久々にWeb更新に着手。考えたら前回更新から1カ月が経っている。ひええ。とりあえず、リンク張らずにファイルだけあげて、Nさんに送ってチェックしてもらうことに。
 いったん手をつけると、ああトップも直さなければイベント案内も作らなければ、そもそも証言ツアーが、……という事態になってしまい、どうしようもなくなっていくのでした。
 仕事もたまってるというのに……。

2002.10.19  バッティング
 ほぼ1日中パソコンの前に座り、裏ルンタWebの体裁をあちこち整えた休日。腰が痛い、足がむくむ(パソコンにはコタツではなく机があてがわれております)……。寄る年波を感じるこの頃でございます。ちょっと使わないとソフト(ビルダーとかPhotoshopとか)の使い方もすぐに忘れるもんなあ。

 数日前のことですが、立命館大学の学生の方から電話をいただきました。
 11月16日の学園祭で、チベット問題を考えるイベントを開く予定、とのこと。
 内容は映画上映とシンポジウムで、ドキュメンタリー映画『チベット・チベット』の上映、監督の金森太郎(金昇龍)さん+立命館大学の教授(民族紛争などを専門にしている方とのこと)+ザトゥル・リンポチェ(ダライ・ラマ法王日本代表部事務所代表)を招いてのパネルディスカッション――という予定(豪華!!)だったそうなのですが、急に法王事務所から「16日は参加できない」といわれて、出演者が足りなくなった、とのことでした。
 インドで暮らすチベット難民の現状を説明できる人が望ましい、と聞き、京都のチベットレストラン『ランゼン』などを推薦してみたのですが、なんか「私に」というご指名がかかっているみたい。(ザトゥル・リンポチェから私に、とはこれまたえらく激しくランク下がっちゃってますけど、いいの!?)
 うーむ、もし日程がガワン・ワンドゥさん(アムネスティの招きでそのころ来日中)の休日にあたっていたなら、無理を言ってでも、ガワンさんないし通訳のルンタ代表にパネリスト参加してもらおう、そのほうが私なんかよりもずっと適役、……と思ったのですが、当日はまったく折悪しく、午後2時〜4時まで大阪でアムネスティのスピーキングツアーが開かれ、ガワン・ワンドゥ嬢と高橋さんが講演中。ばっちりバッティングしております。(私も義理からいうと大阪行かなきゃいけない立場なのか……。京都のほうを手伝いたいと言ったら許してもらえるかな〜)。どう瞬間移動しても無理ですねぇ。残念。んで、チベットに関心がある客層が重なってしまう、のもちょっと残念。
 それでも、いろんなところでチベットについての集まりがあって、しかもそれがおしなべて「当事者の声を聞こう」「現実を知ろう」というスタンスなのが、いいな、と嬉しくなったり。
 立命館大のイベント案内も、詳細分かり次第Webに載っける予定です。

 追記: 不肖うらるんた、力量不足ではありますが立命館大学のイベントのほうを手伝わせていただこうと思っております。

02.10.20 アーリー……なんとか

 朝から地元の市長選告示に。掲示ポスターまで作製しながら、当日になって急に出馬を断念した人がいたり。
 そんでWebに手をつけている暇はないのだけど、(というわけで更新中断中。すいません)
 



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